仄めかす後輩と、られない先輩

「先輩。先輩は〝仄めかす〟って言葉知ってますか?」

 

と、彼女は唐突に言った。

放課後、いつもの空き教室でいつも席ふたつ分は離れて座る後輩がいつものように話しかけてくる。

 

「勿論、知ってる。“仄かに”と“めかす”から成り立つ言葉で、自分の気持ちを少しだけ表すという意味だ。」

 

「流石先輩。学年一位は伊達じゃないですね。」

茶化すような言い方にはイラっとくるが、後輩とは生意気を言うものらしいので許すことにしている。

 

「でも先輩、言葉は知っていても、先輩には仄めかすことなんてできそうもないですね。」

 

「なんだよ、どう言う意味?」

生意気を通り越して嫌味になってきていても許すことにしている、後輩なので仕方ない。

そもそもこの歳まで生きていて今まで仄めかしたいなんて思ったこともないから、別に仄めかせられなくても良いんだけど。

 

「そんな辞書を引けば出てくるような答えが返ってくるんですから、感性が乏しいんだなって。」

 

「そんなことない。中間の古典は97点だった。」

 

「いくら古典の成績が良かろうが、古今和歌集を暗記してようが、小野小町と恋仲になっていようが、先輩には感受性が足りません。」

 

「言い過ぎだろ。というか小野小町と恋仲って現代では不可能なんだけど。」

あと学年一位でも流石に古今和歌集は暗記してない。

 

「安心してください。先輩がぽっちゃりとした女性が好みってことは秘密にしといてあげます。」

 

「勝手に小野小町をぽっちゃりにするなよ。」

それに小野小町が好みなんて一言も言っていない。

 

「平安の女なんて大抵が弛んだ腹してますよ。」

 

平安時代の女性に謝れ。」

平安時代に恨みでもあるのだろうか。

もしかすると成績が振るわなかったのかもしれない。

 

「やっぱり先輩は仄めかすことも小野小町と恋仲になることもできなそうですね。」

 

「いやさっきの会話に仄めかす要素ほぼなかったと思うんだけど。」

というか平安のディスしかしてなかった。

 

「だって、何故私がこうやって放課後に空き教室まで足を運んでいるかも、先輩は分かっていないでしょう?」

 

「なっ…」

 

一瞬、静寂が訪れた。

いつもは煩いくらいに響く部活動に励む生徒たちの声も、こんな時ばかり静かになるのは何故なのだろうか。

会話の続きが頭の中をぐるぐるまわっている間に、先に彼女が口を開いた。

 

「先輩…、これが仄めかすってことですよ。」

そう言って後輩は意地の悪そうな顔で笑った。

 

「ふふ、じゃあ私帰りますね。また明日です。」

 

「うん…また明日。」

後輩が帰ってひとりになった僕は、中断されていた勉強を再開した。

とりあえず。

 

古今和歌集、暗記しようかな…。」

 

 

一学年下であろう色のリボンを付けた名前も知らない後輩は、今日も唐突に会話を始めては僕をからかい振りまわす。