起きるのが辛い朝、変化のない通学路、決められた時間割で進む生活、退屈な授業、エトセトラエトセトラ。
そんな日々の学校生活にも毎日やってくる幸せがある。
そう、昼休みだ。
学生に与えられた唯一無二の自由時間。
いや、そこまでは言いすぎか。
でもそれくらい、この一時間足らずの時間が学生にはこよなく大切なのだ。
昼休みのために、授業に勤しんでいると言ってもいいだろう。
他の人がどうだか知らないが少なくとも僕はそうだ。
そんな昼休みをさらに素晴らしいものにする為に、重要なことがある。
そう、場所選びだ。
例えば、教室で食べようものなら、また聞きたくもない菅原くんのご高説を賜ってしまうだろうし、食堂には他学年のグループ達が立ち塞がっているだろう。
空いているテーブルを探している間に料理が冷めてしまうのが目に見えている。
トイレや屋上、校舎裏なんてところは有り得ない。
トイレは臭いでご飯が不味くなるし、屋上が空いてる学校なんてアニメの中だけだ。
校舎裏で飯を食うなんて、いつご飯に砂埃が入るか分かったもんじゃない。
この問いの満点正解は空き教室だ。
誰にも邪魔されない静かな空間で、ご飯とおかずを完璧な比率で食べることが、一番美味しいお昼ご飯の食べ方なんだ。
異論は認める。
そんなわけで、僕は空き教室でいつもお昼ご飯を食べているのだが、今日はちょっと様子が違う。
それは僕が弁当箱の蓋をいざ開けようとした時の事だった。
「ちっ、どこにやったんだよ…。」
悪態をつきながら教室に入ってきたのは河野くんだ。
河野くんは口調が荒く、授業いつも居眠りをしているような破天荒くんで、クラスの皆から微妙に距離を置かれている。
いわば、不良というやつだ。
つまり、教室で一対一になるには非常に気まずい。
「くそっ、見つかんねえな…。」
何を探してるんだろう。果たし状かなにかだろうか。
あっ、目が合った。
「なぁ、この辺で黄色の弁当箱見なかった?」
「い、いや、見てないよ。」
まさか話しかけられると思ってなかったので、吃ってしまった。別に河野くんが怖い訳ではない。
「まじかよ、どこにやったんだよ…。」
なんで河野くんは空き教室に自分の弁当箱があると思ってるのだろう。気になるな…聞くか?
河野くんは教えてくれるのだろうか。
いや、このまま聞かなかったら気になって夜も眠れないかもしれない。
よ、よし、聞くぞ…!
「なんで弁当箱を…?」
「あ〜、さっきの授業中に早弁しようと思ったんだけどよ、中々おもしれえ授業だったから食べるの忘れちまって、弁当箱も置きっぱにしちったんだよ。」
ん…?不真面目なのか真面目なのかどっちなんだ。
というか、ここの前の授業中って数学の特別クラスだよな。
へぇ、河野くん頭良かったのか…。
なんだ、このヤンキーが野良猫に餌あげてるみたいな状況。
「河野くんって数学得意だったんだね。」
「あ〜、いつもはちまちま簡単な問題ばっかりだから眠くなるけど、今日は捻りのある問題で楽しかったな。」
頭の良い人っぽい発言だな…。
数学の得意な不良ってドラマの主人公みたいでなんだかカッコイイぞ。
「そういえばお前、なんでこんなところで飯食ってんだ?友達いないのか?」
おう…。
さすがは不良、普通にデリケートなこと聞いてくるな、本当のボッチだったら泣いてるぞ。
というか、河野くんこそ誰かと仲良くしてるところを見たことがない。
「いや、食事はひとりでゆっくり楽しみたいタイプだからさ。」
「お前…変わってんな……。」
河野くんは引き気味に答えた。
授業に夢中になって早弁し損ねたやつには言われたくない。
「ちょっと太郎!弁当箱見つかったの?」
知らない女の人が入ってきた、リボンの色からして3年生の先輩だな。
ちなみに、太郎というのは河野くんの下の名前だ。
全く不良っぽくない名前は河野くんのチャームポイントのひとつだと思う。
「ったく、うるせえな、見つかんねえよ。」
河野くん、先輩にもタメ口なのか凄いな…。
下の名前で呼ばれてるし、どういう関係なんだ。
「きっと誰か食いしん坊くんが持ってっちゃったんだよ。」
いや、どんなに食いしん坊でも、さすがに誰のか分からない弁当を食べないだろ。
「ほら、今日は私のお弁当分けてあげるから!」
「あ、あぁ。」
謎の女の先輩は、こちらには全く目も触れず、あっという間に河野くんを攫っていった。
……河野くんは気付いてなかったかもしれないけど、僕の位置からは女先輩の鞄の中から黄色の弁当箱が覗いているのが見えてしまった。
河野くん…モテるんだ……。
不良なのに数学が得意で、裏では女の先輩から世話を焼かれている──
河野くん、実は少女漫画の主人公キャラだったんだな。
ふと弁当を見ると、すっかりおかずだけを食べ切ってしまっていた。
河野くんの新たな一面に気を取られて、弁当の比率を乱されてしまったな…。
残されたご飯はなんだか甘い気がした。